237.必要悪としての談合事件
新規投稿者 阿座上洋吉  投稿日 06/12/13(水) 10:55:56  返信も含め全削除

1.官製談合と期待される品質の確保
 社会主義の計画経済においては、経済に関するすべての行為は政府が計画し、その計画に従って行動する仕組みであるから、建設工事についても同様であり、政府が設計し予定した品質のものを、政府の指示にしたがって施工する。これに対して市場経済における官製談合は、発注官庁の指示に従って施工業者に公平に工事が配分され、その指示に従って施工する仕組みであるから、結果的に計画経済の発注形態に類似している。この時点で利権争いが発生する場合があるが、この利権問題を別にしても入札制度自体に大きな問題がある。それは、発注者は常に一定以上の品質を期待しており、決して安ければ安いほど良いとは思ってはいない。つまり予定された品質のものを適正な価額で施工することを期待する。そのため、発注者が安心して任せることができる施工業者を選考しなければならない。これには施工実績がない業者を選考することができない。民間発注の工事が、なぜ特命や随意契約が多くなるか。その大きな理由は、期待される品質を確保するために、施工業者を選考することが難しいかを物語っている。

2.談合の必要性の主張と悪の問題
 談合が必要悪と言われるが、その内容は、必要性という部分と悪の部分を分けて整理する必要がある。必要性の部分については、発注者としての立場では、一定の品質の生産物を確保するための行為である。受注側の施工業者の立場では、発注者が期待する品質のものを施工するためには、施工業者として適切な資金を要求する必要がある。この両者の必要性を、一般競争入札では満たすことができないと言う意見があり、この談合が必要悪と言われる必要性の理由である。これに対して悪の部分は、談合行為そのものが、公の競売入札妨害・談合の規定に違反しているのである。これを入札妨害罪といい、刑法題96条の3に規定されている。また、競売入札に関連して発生する利権が絡んだ贈収賄事件があるが、これは入札制度に直接的なものではないが、周辺の問題としての悪の問題である。

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