<80>企業の生命力維持装置としての人材研究
新規投稿者 阿座上洋吉  投稿日 8/29(日) 12:17:43  返信も含め全削除

1.集団主義者の価値観と合議手法の限界点
 企業は人なりという点では古今東西を問わず普遍的な価値観であろう。ここで問題となることは社会が変化すると当然人材にも変化を求められることである。しかし自分の考えが正しいと思い込み変化の鈍い人材が多いことである。自分の考え方が遅れていても他の考え方の思想が間違いであると思い込んでしまう。変化の鈍さは単一民族化した日本人の特色であり、価値観が相違する異質な文化の接触が少ないための現象であろう。個人の価値観の形成は生い立ちから数十年をかけて蓄積した体験で形成されるからで、他人によって簡単に変更されるものではない。多民族国家のように異質な価値観に常に接触する社会とは大きな違いがある。多民族圏の人々は、初めから同一の価値観はないことを前提にして物事を決める議論して決めるが、その場合異質な考え方があっても当然のように議論する。これが多民族国圏の多数決論理である。日本のような単一民族圏の論議の欠陥は、考え方や文化が同一であることを前提に議論が開始されるため、異質な考え方や文化の意見が出ると猛反対の意見で対立関係が出来上がってしまうことが多い。その中で権力の上位者か声の大きいひとの主張に誘導されて決定するケースが多く、その決定内容について不満が残るケースが多い。このような状況は集団主義時代であれば「長いものには巻かれよ」とか「寄らば大樹の影」と言われ多少機能していたが、近年のような超個人主義時代になると集団的ルールが機能しなくなってきた。

2.集団主義者の旧人種族の嘆き
 集団主義時代の旧人種族による議論の手法は、リーダーとなる上司が形式的には会議の形態をとっても、実質的には一方的な押付けるケースが多く、本来の対等の立場による議論ができる環境ではなかった。ピラミット型の軍隊組織を有効に機能させる手段としては命令的形態の会議は有効であり、制度自体に問題がある分けではないが、当時の人材が集団主義者であったことと、強力な軍隊組織が機能していた時代であるからこそ成功したのである。然るに現代の新自由人は超個人主義者であり、超集団主義者の軍隊組織には最も馴染まない人材である。現代の人材は核家族による家庭単位の生活文化によって形成された価値観の持ち主であり、価値観が多様化した人材には集団主義者時代の命令精度では伝達が利きにくい状態になってきた。そのため従来型の制度では企業の生命力を維持することは不可能であることを認識しなければならない。

3.新自由人の価値観徹底研究の必要性
 新自由人は、近年発生した若者だけではない。長い間続いた男性社会の儒教精神から開放された新女性の価値観は、過去の日本には存在しなかった新しいタイプの日本人である。若者同様に集団主義を嫌い自由に行動する新しい価値観をもった新女性人材である。これらの新しいタイプの日本人は軍隊組織では機能しない人材であることを知らなければならない。この新日本人の超個人主義者を旧集団主義の価値観をもっている旧人種族(50才代から上)の方に課題が多く、新人材を戦力化できていないのが現状である。嘆いていても解決はしないのであり新自由人を徹底戦力化する研究をしなければならない。

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