<140>日本的経営の欠陥をどう修正するか
新規投稿者 阿座上洋吉  投稿日 11/13(日) 09:51:02  返信も含め全削除

1.日本的経営の特色を再確認
 日本的経営の良さは団結心が強く作用する点である。企業は集団で力を発揮するものであるから、内部の団結心が何よりの強みである。内部の団結心が機能するには集団の「和」が重要であり、そのため昔から社是、社訓に「和」の理念が重要であった。この時代は集団化したグループとしての能力が問われた時代であり、集団として力を発揮し外敵(競争相手)に立ち向かう時代であった。社会も今日のようにエリアレス化していない時代であり、グローバル化した時代ではなかったため、狭い地域エリアの中での競争環境で競争相手の集団が鮮明に見えた時代であり、団結行為の効果が具体的に認識できた時代であった。今日のように地球規模でエリアレス化が進んだ時代は、具体的な競争相手が見え難いし、仮に見えたとしてもすぐに新たな外敵が現われる時代であり、集団の能力や個人の能力発揮の持続としてのライフサイクルが短くなってしまった。気を緩める余裕が全くない時代にきているのである。そのため日本的経営の良さが発揮できない環境になってしまったのである。

2.日本的経営からの脱出は可能か
 集団での能力が機能低下してきたのであれば、個々人に能力発揮をしてもらう以外には方法がない。しかし長年のビジネス文化として定着した日本的経営の集団文化から脱出することが難しい。何故なら高度成長期は日本的経営が大成功し、その意味で日本的経営は成功事例であったのである。日本的経営は成功事例であって批判すべきものではない。しかし、世界のビジネス環境が大きく変り、日本的経営が合わなくなったのであるから変更は仕方がない。現代ビジネス界に合った手法に再構築する以外には方法がないのである。日本的経営の余韻が残っている中での改革は、もっとドライに考え行動しなければならない。これは時代のビジネス環境変化の問題であり、経営手法の好き嫌いの問題で考えてはいけない。経営者、管理者、一般社員等すべての関係者がドライに時代に合ったビジネス手法に再構築すべきで、社内で濃密な対話が必要である。

3.本格的自己責任の時代が到来した
 日本的経営の全盛時代は集団責任時代であり、個人が自己責任を負うことが少なかった。それは集団内部全員が合意してから行動する仕組みであるから、個人の責任問題があまり生じない環境である。当時としては提案担当者が起案し稟議書で決裁を仰げば、担当者、主任、係長、課長補佐、課長、次長、部長、常務取締役、専務取締役、副社長、社長と書類に承認印を押すのであるから、問題が発生しても責任が分散し、誰の責任であるかと言う意識が薄れてしまう。全員無責任システムである。しかも、全員が合意するまで数ヶ月を要するのであるから、変化の流れが遅い時代は機能したのであろうが、今日のように激しい競争環境の中でのんびりしたシステムが通用するわけがない。即決即断が要求されるのも変化のスピードと激しい競争環境のためである。即決即断は当事者の自己責任になるのは当たり前であり、無責任時代から自己責任時代への切り替えが必要になってきた。自己責任時代は当然個人の能力主義が要求される時代である。しかし能力主義は内部抗争の引き金となることがあり注意すべきである。

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