<169>市場原理の仕組みとひとの好み
新規投稿者 阿座上洋吉  投稿日 6/4(日) 09:24:34  返信も含め全削除

1.市場経済の原理を自分の好みで判断してはいけない
 市場経済の仕組みは、個人の好みや民衆の期待では動かない。社会学的に見れば人間社会の現象は、自然の摂理で動いているのである。例えば個人的な好みで格差社会を嫌っても、人為的な修正や誘導をすることができるものではなく、市場経済の制度を選択した時点で格差社会を選択している結果となるのである。競争原理は必ずしも自分に都合よく作用するものではなく、競争原理は自分に不利に作用する場合も多々ある。しかも社会の構造変化や環境の変化と共に各種の競争原理が作用し、競争原理は形態を変化させながら生き続けるのである。これは生物としての人間の競争心が根底にあって作用するためで、競争心が生物の根源にあるための現象である。この競争心から発現するあらゆる行為は、自由主義社会ではコントロールする方法がない。唯一政治的に規制することによって多少の修正が可能となる。格差社会を嫌って財産の共有化により格差をなくする方法を考え出したものが共産主義である。しかし、自然界の競争心という摂理に逆らったため、共産主義圏の国が破綻したのは周知の事実である。

2.競争心から発現する各種の競争原理
 以上のごとく市場経済を選択したことで、競争原理が無限に作用する社会を選択したのであるから、むしろ競争原理を回避するのではなく、積極的に徹底研究すべきである。つまり競争原理を嫌うのではなく活用すべきであり、格差社会を単純に嘆いてはいけない。それでは結果的に市場経済を嘆いていることになり、市場経済自体を否定している結果となってしまうからである。現在の世界情勢からみても市場経済の終焉がくる気配がないし、むしろグローバル化社会の進展で競争原理が激しく作用する方向へ進んでいるのである。この時代に日本だけが強く作用する競争原理を嫌って、弱競争環境を選択したとすれば、国際間で国の経済が弱体化し、国の経済そのものが危うい結果になる。そのためにも現状の競争環境を正しく認識し、現状の社会で生き残れる研究を積極的に進めるべきである。

3.格差社会に対する人類の知恵と歴史的評価
 競争社会の激化は当然に勝ち組と負け組みが発生させる。その形態も色々な現象が起きている。市場経済の競争原理が強く作用した時代は、人間までも市場で売買する卑劣な現象まで引き起こしている。このように市場経済は決して良い面ばかりではなく、歴史的には悪い面の方が多かったのかもしれない。その経験から格差社会に対して人類は恐怖すら感ずるのである。しかし歴史的に見ても近世は人身売買もなくなってきたし、人種差別についても過去と比較にならないほど改善されてきた。社会の大勢としては決して悪い方向に向かっているわけではなく、時間は掛かるであろうが良い方向に動いていると見るべきではなかろうか。

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