習近平からの中国 13
新規投稿者 三木伸哉  投稿日 13/12/21(土) 05:39:37  返信も含め全削除
習近平からの中国 13      2013,9,5記
薄 熙来の裁判はどう展開するか 1  
薄 熙来については何度かこのシリーズでも触れました。再度かんたんに紹介すると、彼は大連時代に、市長を務め、その後、遼寧省の最高責任者であった人です。
私が大連に居住していたとき、人民広場で遠くから眺め、まさに大連市民の誰からも仰ぎ見られるような存在でした。背の高い人相骨格が人並み以上に優れ、将来は中国の中央政界の大者として共産党の最高幹部に上りつめる人であろうと推測されていました。

ところが重慶の市長になったのは、まさに左遷と言われてもしかたの無い処遇でした。
北京から遠くに配置されるのは、一般的に都落ちの待遇です。
彼は重慶の市長になったときから、共産党の次期政権の枢要なメンバーにはなれないであろうと悟ったのでした。それから彼の反逆が始まります。

重慶市民に最もよろこばれたのは、暴力団の撲滅と貧しい市民へ低家賃のアパート建設でした。いままで暴力団に引き回され、泣き寝入りしていたような重慶市民は、どれほど多かったことか、それを強権的な手法で、暴力団の一掃、そして貧民窟にひしめくように暮らしていた重慶市民を、2DLKの住居を、日本円で1万円くらいの低家賃で建築したのでした。しかし彼にも共産党幹部にありがちな収賄の話はあったようです。


返信 1 三木伸哉  投稿日 13/12/21(土) 05:40:20  削除
妻がイギリス人を殺害したという嫌疑、副市長が市長から逃れるために、領事館へ駆け込んだという話は、彼にとってマイナス要素でした。しかし何と言っても、毛沢東回帰運動は、共産党最高幹部にとっては、世の中を昔に戻すような驚天動地のふるまい、なんとしても、彼を抹殺しなければならないと判断したのでしょう。

胡錦涛時代に、彼は共産党党籍をはく奪されて、裁判が始まったのでした。収賄などは共産党幹部には日常茶飯、温家宝一族が、邦貨で2400億円の蓄財をしたのに、裁判のサの字も噂されていません。このような背景のある薄 熙来の裁判がどのようになるのか、私には大変興味のあることでした。

なぜなら毛沢東回帰運動に賛同する中国人が、改革開放の波にのれないとあきらめている貧しい農民、農民工(大都市周辺に蟻族のように狭い住居にくらしている元農民たち)にとって、貧富の差がこれほどになったら、もう毛沢東時代の、誰もが貧しかった、平等であった時代に還ろう、という運動を仕掛けたのが、薄 熙来でした。
改革開放路線で成長した中国にとって、彼の存在ほど邪魔になるのはありません。

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