<37>公共調達の透明性の確保に競争性は必要か
新規投稿者 阿座上洋吉  投稿日 09/3/8(日) 12:36:43  返信も含め全削除

1.一般競争入札の基本概念
 純粋な一般競争入札の制度は、「誰でもいいから安ければ安いほどよい」という概念が基本にあるが、この概念は市場経済の仕組みの中で人類が合意したものである。これほど人類にとって重要な共通のルールはない。最初の「誰でも」という概念は、全ての人類を指しており世界中の民族を指している。地球レベルで差別のない人類社会を目指した概念であり、公平性の点からも人類にとって重要なことであろう。次の「安ければ安いほどよい」という概念であるが、「誰でも」という概念に匹敵するほど重要な概念である。何故なら、経済活動の中で同格の品質の生産物であれば、安い方が良いということは当り前のことであり、これが市場における競争原理として認められた理由である。世界の多くの民族が合意するルールは、透明な社会で公平なルールでなければならない。一見「安ければ安いほどよい」というルールは過激に見えるが、公平性を保つためには努力をした人への評価が自由主義社会の公平観のルールなのである。

2.一般競争入札の公平観の乱れ
 一般競争入札の「誰でもいいから安ければ安いほどよい」という基本ルールは、上記のように二重の公平観によって構成されている。しかし、この市場経済における基本的ルールは、既製品市場で発展したものであり、注文生産市場においては必ずしも通用しない。既製品であれば現品チェックが可能であるから成り立つルールであるが、注文生産には成立しない。またオーダーによる生産は、注文者のこだわりもあり、誰でもいいからという取引形態が馴染まない。市場経済が発展してきた既製品市場の公平性のルールが、二つ共に馴染まないのである。この点からも一般競争入札は、既製品市場のためのシステムであり、注文生産市場においては一般競争入札が通用しにくいことを表している。この際、注文生産市場では、一般競争入札を全面的に中止してはどうであろうか。そのかわり注文生産市場の取引を過去にとらわれず、全面的に独自の市場論として発展させる時期に来ているのではないだろうか。

3.公共調達の透明性
 一般競争入札が適切に行われる仕組みと、取引の透明性が確保されることとは必ずしも一致するものではない。ここでは取引の透明性だけに焦点を合わせて論ずると注文生産の取引形態に、一般競争入札、指名競争入札及び随意契約の中で、第三者の立場に立って透明性の視点で評価すれば、一般競争入札ほど透明性の高いものはないであろう。この場合の透明性とは、生産者が注文生産市場に参加することの自由性、取引金額は市場において競争によって決定されることの二つの条件を満たすことである。この二つの条件を満たすために市場において公明正大に行われる取引形態が、一般競争入札の制度が適していると言われている。透明性だけが判断の基準であれば、間違いなく一般競争入札が優れているといわざるを得ないのである。今日の国民の大多数は透明性を求めており、コンプライアンスが叫ばれている時代であり当然である。しかし公共調達の問題が大きな転換期を向かえていることも間違いない。透明性だけで解決できない大きな問題を国民は知らないためであろう。

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